和寒・士別での冬道歩行の調査報告

須田 力・金田安弘(NPO法人 雪氷ネットワーク)

 活発な運動で体力を高め呼吸循環機能、代謝機能を高めることによって疾病を予防し、死亡率を低下させることは多くの研究から共通認識となっている。わが国では2024年11月に厚生労働省から「健康づくりのための身体活動・運動ガイド 2023」1)が公表された。このガイドでは、「身体活動・運動の量が多い者は、少ない者と比較して循環器病、2型糖尿病、がんが予防され、ロコモティブシンドローム、うつ病、認知症等の発症の罹患リスクが低いこと」から一定以上の身体活動量を確保することが推奨されている。

(1)健康のための身体活動量の目安
 身体活動には「生活活動」すなわち通学、通勤、買い物、勤務中の作業、作業場所内の移動などの行動と、スポーツや健康づくりを目的としたウォーキングなどのエクササイズとしての「運動」が含まれる。「身体活動」、「運動」いずれも体重の移動を伴う動作が中心となるので、「身体活動」と「運動」を合わせた身体活動量を評価するために最も簡単に測定できる「歩数」が使われる。運動としては、座ったきりの仕事や調理、後片付けなどの3メッツ未満の活動を含めず歩行またはそれと同等以上の「3メッツ以上の強度」の活動量が対象となる。身体活動量の目安としての歩数は、男女共65歳未満の成人は、「1日約8,000歩」以上、高齢者は、「1日約6,000歩以上」が推奨されている。

(2)全身持久力(最高酸素摂取量、国際的には「心肺体力」)
 これまでの多くの研究によって「心肺体力」(Cardiorespiratory Fitness 、わが国では「全身持久性」)の高い者が上記の疾患の発症率が低く死亡率も低いことが周知の事実となっている。このガイドでは性別・年齢代別の体力(全身持久力)の基準値が、下記の通り公表されている(表1)。

表1 性・年代別の全身持久力の新たな基準値(単位:メッツ)

  男性 女性
10~19歳 14.5(参考値) 12.0(参考値)
20~29歳 12.5 9.5
30~39歳 11.0 8.5
40~49歳 10.0 7.5
50~59歳 9.0 7.0
60~69歳 8.0 6.5
70~79歳 7.5 6.0

● 表のメッツの強度の運動あるいは生活活動を約3分間継続できた場合、全身持久力の基準を満たすと考えられる。
● メッツの値を3.5倍することで最高酸素摂取量(単位:mL/kg/分)の基準値に換算することが可能である。
● 10~19歳の値は死亡や疾患発症のリスクとの関係が明確でないため参考値とする。

(厚生労働省、「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023 1)による)

(3)タクシードライバーのかかえているメタボリックシンドロームのリスク
 身体活動不足による肥満、昼夜交代制の勤務による自律神経系の不調、運転中の長時間の緊張などメタボリックシンドロームのリスクを多く抱えた職種としてタクシードライバーの健康問題は、 国際的に共通にとりあげられているが、身体活動の実態と心肺体力についてとりあげられた研究はほとんど見られない。私たちは、道北の特別豪雪地帯に位置する士別市において「健康事業所宣言」で全国健康保険協会北海道支部の事業所として認定され、社員の健康なライフスタイルと運動実践に取り組んでいる「士別市ハイヤー社員心肺体力の測定と向上に先進的に取り組んでいる「士別市スポーツ協会」と共同で豪雪地住民の生活現実を踏」、市民のまえた課題解決に取り組んでいる2)

(4)和寒、士別における冬道歩行の調査
 私たちは、2025年1月27,28日、士別ハイヤー和寒支所と士別営業所で社員の人達が被検者、士別スポーツ協会の竹内さんがウェアラブルの心拍計と歩数計の装着役を担当しマイペースの冬道歩行の運動強度の測定を実施した。
 測定に先立って、アメダスによる気象条件と(金田が作成した雪質判定ガイドによる)路面の雪質を記録した。冬道といっても路面条件によって運動強度が異なることから圧雪、氷結、新雪などの路面の雪質の判定が欠かせない。
 この日の圧雪路面をスタートとして3月末までさまざまな雪質に恵まれることを期待しながら被検者の人たちは勤務時間の合間を割いて調査を敢行し、路面の雪が消えた時期、無雪路面で同様な測定を実施することになる。

写真1 和寒での測定風景。左から被検者、記録者、ウォーキングメジャーを使った歩行距離計測者。
写真2 心拍数測定に用いたポラールの心拍数計と胸部センサ
写真3 士別での測定。圧雪の上に新雪が積もり足跡の深さが3㎝。足跡の深さが増すにつれて運動強度も増加する。

(5)積雪地仕様の生活活動のデータの必要性
 豪雪地帯の住民にとって冬季の身体活動のなかで「除雪」と「歩行」が圧倒的に多くを占め、降雪の時は歩行よりも除雪が優先される。
 「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」1)では参考資料の中で、国立健康・栄養研究所がアメリカスポーツ医学会による論文を和訳した「身体活動のメッツ(METs)表」3)を、生活活動のメッツ表の例として紹介されている。この中で積雪地における生活活動として、「屋根の雪下ろし 4.0メッツ」、「スコップで雪かきをする 6.0メッツ」となっている。歩行の強度は速度別に無雪路面の歩行しか公開されていないが、雪上の歩行が無雪路面よりもどの位運動強度が高まるか、同じ距離を歩いて身体活動量がどの位増加するか、路面の雪質によってどのように異なるかを明らかにして積雪地仕様の健康・体力づくりに役立つデータを提供したい(表2)。

表2 豪雪地住民の健康づくりに関わる身体活動の運動強度(メッツ)の紹介案

メッツ 3メッツ以上の生活活動の例 メッツ 3メッツ以上の生活活動の例
3.0 普通歩行(平地,67m/分,犬を連れて) ×× 普通歩行(平地圧雪路面,○○m/分,犬を連れて)
3.5 歩行(平地,75~85m/分,ほどほどの速さ,
散歩など)
×× 歩行(平地圧雪路面,○○/分)
×× 歩行(平地新雪路面,靴の埋没深10㎝)
4.0 屋根の雪下ろし      
6.0 スコップで雪かきをする ××
××
××
スコップで雪かき(乾雪,平均年齢○歳の女性高齢者)
スコップで雪かき(乾雪,平均年齢○歳の男性高齢者)
スコップで除雪ボランティア作業(平均○歳の男性○名)

左表(灰色):国立健康・栄養研究所改訂版「身体活動のメッツ(METs)表」3)より改変
右表(青色):雪氷ネットワークと地域との共同研究により作成を目指すメッツの一覧表の例(案)

 大学や研究機関もない小都市で研究助成もない条件で、運動実施上に最も不利な職種であるタクシードライバーの人たちが、「つるつる路面」やドカ雪など冬季の歩行を控えがちとなる住民の健康づくりのガイド役としてからだを張って果敢に取り組む姿に心躍る2日であった。

参考・引用文献
1)健康づくりのための身体活動基準・指針の改訂(2024):健康づくりのための身体活動・運動ガイド 2023. (https://www.mhlw.go.jp/content/001194020.pdf)2024年11月閲覧.
2)竹内健太郎・佐藤元信・稲毛幸雄・広瀬祐美子・須田力(2024): 豪雪地におけるタクシードライバーの心肺体力の冬季間の変化. 第40回寒地技術シンポジウム, I-047:205-209.
3)国立健康・栄養研究所(2012):改訂版『身体活動のメッツ(METs)表』
(https://www.nibiohn.go.jp/eiken/programs/2011mets.pdf.) 2024年11月閲覧․