※ニュースレター16号に本稿の概要版が掲載されています。
降っては解け、解けては凍る寒暖の波で発生するつるつる路面での転倒が多発する時期となりました。
11月18日の北海道新聞によると、南米ペルー沖の海面水温が平年より下がる「ラニーニャ現象」の影響で、道内は12月以降、冬型の気圧配置が強まり、例年に比べ大雪や暴風雪が発生しやすくなり、「災害級」の暴風雪が数日間続く恐れもある1)と警告が掲載されました。
暴風雪による災害では、交通障害、視程不良による行倒れ時の低体温症、屋根の雪下ろし作業での事故など原因がはっきりしている死亡事故が注目を浴びますが、湿った重い雪の除雪による心不全などによる死亡の多くは降雪日よりも遅れて発生することも多く、事故や災厄として取り上げられにくい特徴があるように思います。
北海道では本格的な降雪は年を越えてからですが、根雪の始まるこの時期のシャーベット状の粘った重い雪の除雪の危険性について知っていただきたく筆を取りました。
以下の文を特に読んでいただきたい方は、家で除雪の主力を担っているお父さんお母さん、お爺ちゃんおばあちゃん、受験勉強が大事だから自分は雪かきを手伝わなくてよいと思っている児童・生徒の皆さん、さらに子どもの心身の発達に最も重い責任をもつ保健体育の先生方です。
暴風雪時に虚血性心疾患による死亡数が増加
1978年24時間で50インチという記録的な積雪が2月6日に始まり1週間連続してアメリカのニューイングランド南部を襲った暴風雪の期間中に5日間連続で総死亡数と虚血性心疾患による死亡数が増加しました。FaichとRose(1979)はこの原因として、感受性の強い人たちの身体的心理的ストレスによるものと推察しております2)。
図1 北米のロードアイランド州を1週間連続の暴風雪が襲った1977年2月の
総死亡数(黒線)と虚血性心疾患による死亡数(赤線)。州内の10か所の
病院を集計したグラフ。総死亡率の増減の波が虚血性心疾患による死亡率
の増減の波と同期して見えます。
一方、ロードアイランド州に隣接するマサチューセッツ州も同様にこの1978年2月の暴風雪の被害を受け、総死亡率は前後の週に対して8%、虚血性心疾患による死亡率は22%高かった(p=
0.03で有意)こと、性別では男性(30%)が女性(12%)より高かったことが特徴的で、死亡率の増加は吹雪後8日間にわたって続きました。論文の著者たち(GlassとZack,1979)は、この原因について吹雪自体よりも除雪などの身体活動によると推察しております3)。
Anderson とRochard(1979)は、カナダのトロント市における1960年から1974年までの15年間で10.2㎝以上の降雪のあった52日の降雪前後の虚血性心疾患の発症率を65歳以上と65歳未満の男女別に前日から降雪の日までの気温の低下程度と虚血性心疾患による突然死との関係について調査した結果、以下の特徴が明らかとなりました4)。
気温が前日から4.4~8.3℃の降下に対して8.3℃以上の降下の場合、(1)65歳以下の男性群は16%(p<0.05で有意)で65歳以上の男性群、65歳以上の女性群の増加は有意ではない。(2)男性では降雪の日から4日後まで増加が見られる。
北米では除雪の担い手が主に男性であることから、虚血性心疾患による突然死には寒冷の要因(+16%)よりも通勤のため車庫から歩道や車道まで無理な除雪を行ったなどによる要因が考えられると結論しております。
図2 カナダの首都トロント市における降雪の前日(横線)を100%とする
虚血性心疾患による突然死の増減(%)。A:8.8~18.3℃の低下。
B:4.4~8.3℃の低下。降雪は10.2 cm以上の日。
(Anderson とRochard, 1979)
北海道における除雪と心疾患との関係について、旭川市保健所の沢口喜代美さんたちは、平成9年~13年度の5年間の冬季(1~3月)における65歳以上の高齢者の心疾患救急搬送数(2416名)と降雪量との関係について調査し、(1)最高気温が零度以下である1~2月では、降雪量と救急搬送数との相関が有意(r=0.404, p<0.05)、(2)最高気温がプラスとなる3月においても、有意(r=0.62, p<0.05)であったのは、湿った密度の高い雪質の関与が考えられるという結果から、冬季に高齢者の心疾患の救急搬送数が増加する要因として雪かきの可能性が示唆されたと報告しております5)。
私の知る限り、北米やカナダで起こったドカ雪時の除雪による虚血性心疾患による死亡の危険性のような疫学的研究は、わが国では旭川市保健所のグループ以外に見当たりません。
わが国では北米と違って、女性も除雪の担い手となっていること、成人では若い年齢層ほど除雪実施者の割合が低いことからもこの問題から目を背けるわけにはいきません。北海道における在宅高齢者の除雪実施状況6)は、(1)80~89歳の高年齢層で、男性の73%が「降雪のたびにする」と答え、(2)女性では「降雪のたびにする」と「たまにする」の合計が49%と男女とも高齢でも無理を押して除雪に頑張っている現状(森田と須田、2005)から、札幌市などの豪雪都市においてこのような問題はないのか、疫学的研究報告が待たれます。
ショベル除雪が心臓に負担となる原因と対策
2024年1月、アメリカの新聞USA TODAY紙は、過去16年間で一年間に約11,500名が雪かきに関連した事故に遭遇し、そのうち1647名が心不全に襲われ亡くなっていることに加えて、湿った重い雪の除雪の危険性について、除雪と心疾患について多くの研究を重ねているBarry Franklinによる警告が周知されております7)。
Franklin8)は、人力除雪作業と除雪機による作業の生理的応答の違いを明らかにする目的で、健康な非鍛錬の男性10名(年齢32.4±2.1歳)を被験者として、+2℃の気温で湿雪が10±2㎝の深さに積もった15mの長さの路を10~15分間の休息を挟んだ2種類の除雪作業中の呼吸循環指標を10分間測定しました(表1)。
表1 トレッドミルテスト、腕エルゴメーター、ショベル除雪、除雪機による
除雪作業時の呼吸循環系指標(平均値±標準偏差)
指標 |
トレッドミルの |
腕エルゴメーターの |
ショベル除雪 |
除雪機による除雪 |
心拍数 |
179±17 |
171±19 |
175±15 |
124±18 ss |
収縮期血圧 |
181±25 |
152±16 ++ss |
198±17 |
161±14 ss |
酸素摂取量 |
9.3±1.8 ss |
6.3±1.1 ++ |
5.7±0.8 |
2.4±0.7 ss |
主観的作業強度 |
17.9±1.5 |
17.7±1.7 |
16.7±1.7 |
9.9±1.0 ss |
ショベル除雪は、12±2回/分のマイペースでの作業
++:トレッドミル最大負荷に対してp<0.03で有意
ss:ショベル除雪に対してp<0.003で有意
その結果、最大酸素摂取量が高い者ほど、ショベル除雪と除雪機による作業中の最大心拍数に対する割合が低く(r=-0.65,P=0.05)負の相関となりました。ショベル除雪の収縮期血圧(198±17 mmHg)は、除雪機による作業時よりも有意(p<0.03)に高く、トレッドミルによる最大負荷(181+25 mmHg)をやや上回りました。ショベル除雪時の酸素摂取量(5.7メッツ)は、腕エルゴメーター作業(6.3メッツ)に近い値でしたが、トレッドミル作業(9.3メッツ)に対しては低い値でした。
これらの結果から、座りきりの仕事に従事している男性にとってショベル除雪はトレッドミルによる最大負荷や腕エルゴメーター作業に匹敵する負荷を心筋およ血管に与えることが明らかとなりました。
Franklinは、雪かきが心臓に過度の負担を与える要因として、以下の5点をあげております。
(1) 腕の運動は、心筋の効率を低下させる。
(2) 直立姿勢。
(3) アイソメトリック(等尺性)な筋力発揮。
(4) 息を止める呼吸(バルサルバ型呼吸)。
(5) 冷たい空気の吸入による冠動脈の反射的痙攣や圧縮を誘発のリスク。
この実験では、最大酸素摂取量の最も低かった被検者2名(7.5および8.1メッツ)のショベル除雪の心拍数がトレッドミル時の最大値の107%、112%に達し、最大酸素摂取量が11.9メッツと高かった者は84%であったことから、年間を通してややきつい強度のトレーニングで高い有酸素能力を養うことが推奨されます。
Franklinは、前述のUSA TODAY紙で、年間を通して中等度から高強度(6メッツ)の歩行を一回20~30分の少なくとも週3~5回実行し体力を高めてから除雪に備えましょうと提案しております。
無症状の冠動脈疾患者のショベル除雪時の呼吸循環応答
Sheldahl たち(1992)9)は、平均年齢が63歳で無症状の冠動脈疾患者で生活機能が良好な男性16名に、コンクリート上に7.6~10.2cm積もった場所でアルミのスコップを使ったマイペースのショベル除雪を実施し、同年齢の高年齢者13名、若い男性12名と比較しました。
表2 トレッドミルの最大運動における呼吸循環指標
平均63歳の冠動脈疾患男性(N=16) | 平均61歳の男性 (N=13) |
平均40歳の若年男性(N=12) | |
酸素消費量(ml/kg/分) | 27.4±1.0 | 34.8±1.4* | 42.8±2.0*+ |
最高心拍数(拍/分) | 156±4 | 171±3* | 186±3*+ |
収縮期血圧(mmHg) | 208±5 | 218±4 | 205±6 |
拡張期血圧(mmHg) | 90±2 | 89±3 | 80±3*+ |
呼吸ガス交換比 | 1.16±0.02 | 1.14±0.01 | 1.16±0.01 |
主観的運動強度 | 18±0 | 19±0 | 19.0±0 |
* :p<0.05冠動脈疾患群に対して有意、+ :p<0.05高年群と若年群間で有意。
主観的作業強度は、7が「非常に楽」、19が「非常にきつい」の20までの尺度で
運動耐用度を評価する指標。値は平均値±標準誤差。
ショベル作業時の酸素消費量は、冠動脈疾患群が18.5±0.8 ml/kg/分、同程度の年齢の疾患のない群が22.2±0.9 ml/kg/分、若年群が25.6 ml/kg/分でした。冠動脈疾患群のトレッドミルの最大作業に対する作業時の酸素消費量は60~68%、心拍数の割合は、75~78%と、作業はきつい強度でしたが、いずれも有酸素トレーニングとして有効な範囲で、他の2群も同様でした。冠動脈疾患群のうち9名は、安静時、トレッドミル最大作業時およびショベル除雪作業中の携帯用VESTを装着して左心室の収縮機能と不整脈の測定した結果、左心室の駆血率、不整脈の出現は2つの作業で同程度でした。
図3 ダブルプロダクトが同程度の状態での安静時に対するショベル除雪(左)と
トレッドミル最大運動(右)における左心室の駆血率の各被験者の変化。
(Sheldahl たち、1992)
(注)ダブルプロダクト:心筋の負担度(DP)を収縮期血圧(SBP)×心拍数(HR)
で表す指標。
おわりに
雪による雪害として交通障害、視界不良による行倒れ、屋根雪降ろしなどの事故とともに、高齢者、障がい者、心臓がじょうぶでない人たちが除雪で誘発される虚血性心疾患や突然死を防ぐためのボランティア除雪に参加することも、雪国の子どもたちや若者が担う雪国ならではの健康づくりの運動として心がけてほしいものです。
写真1 大学生たちによる特別豪雪地帯の栗沢町(現在岩見沢市)万字地区の高齢者宅の除雪ボランティア風景(2009年2月、須田)
引用・参考文献
1) 北海道新聞:「災害級」大雪今冬も?. 2024年11月18日.
2) Faich, G. & Rose, R.: Blizzard Morbidity and Mortality Rhode Island,1978. American Journal of Public Health, 69(10), pp.1050-1052, 1979.
3) Glass, R. & Zack, M.M.: Increase in deaths from ischemic heart disease after blizzards. The Lancet, Mach 3, 1979.
4) Anderson,T.W. & Rochard, C.: Cold snaps, snowfall and sudden death from ischemic heart disease. CMA Journal, December 22, Vol.121, 1979.
5) 沢口喜代美、熊田祐香ほか:降雪量と心疾患救急搬送数から雪かきの影響を考える. 日本公衆衛生学雑誌 第62回日本公衆衛生学会総会抄録集,2003年.
6) 森田勲・須田力:高齢者の人力除雪で発揮される体力要素, 雪氷, 67巻3号,pp.233-243,2005.
7) Sarah, AI-Arshani: Shoveling show dangerous? Experts say it could be. The chore is linked to heart attacks. USA TODAY, Jan. 12, 2024.
8) Franklin, et al.: Cardiac Demands of Heavy Snow Shoveling. JAMA, Vol. 273 No.11: 880-882, 1995.
9) Sheldahl, L.M.et al.: Effect of Age and Coronary Artery Disease on Response to Snow Shoveling. JACC, Vol.20, No.5:1111-1117, 1992.