ホワイトアウトとは何か
目次
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1.ホワイトアウトには異なる二つの現象があります
視界全体が白一色になる現象が知られホワイトアウトと呼ぶようになったのは、1940年代の北極の学術調査が行われるようになってからのようです。近年は北海道でも吹雪の視界不良で発生する交通事故を報ずるマスコミ等でも使われるようになりました。しかし南極も含めた極地で見られるものと吹雪でのホワイトアウトは、物理(気象)現象としては全く別の物です。後で述べますが極地で見られるホワイトアウトは物理現象としても定義できますが、吹雪のホワイトアウトは物理だけで定義はできません。この語につては雪氷辞典(雪氷学会、1990)が辞典類では最も詳しいですが、極地のホワイトアウトに付随して、「吹雪や地吹雪で視界が悪くなる場合に使う・・・、交通障害の原因ともなる。」と述べられているだけです。
① 極地のホワイトアウト
地表は一面の雪、空は層雲(太陽の位置が分からない程の厚さ)で覆われた時に見られる光学現象です。雲や雪面の雪粒子が太陽光を乱反射(拡散反射ともいいます)すると、雪面の雪も雲も同じ明るさで輝くようになります。そして雪表面の凹凸には影ができなくなり地平線も見えなくなります。このように地表面だけでなく地形や地平線も含めた視界全体が輝いて白一色に溶け込んでしまうのがホワイトアウトです。北極のホワイトアウトの報告は1946のアメリカ気象学会報に複数の論文が載っています。気象用語としては1959年版の気象用語辞典に初めて載りました。ホワイトアウトは陸上移動では穴や凹凸を隠し、有視界飛行パイロットの方向や距離感を狂わせ、遭難事故の原因になったこともあったそうです。
写真1は南極で撮られたホワイトアウトです。多くの人がはっきりと写っているので、これがホワイトアウトかと疑問に思われるかも知りません。しかし緩やかな地形の上に立つ人々には影がありません、宙に浮いているようにも見えます。ホワイトアウトの中でも雪以外の何かがあれば見えるだろうと予想はしていましたが、これが何も見えなくなる吹雪との最も大きな違いです。視程(見通し距離)を測れば0mではなく1000m以上にもなるでしょう。このタイプのホワイトアウトは極地だけでなく「地表が白く地平線まで拡がる」という条件があれば、北海道でも遭遇するチャンスはあると思います。岩石や灌木が雪を被った山岳森林限界の上で、筆者が感じた眩しさは今から思うとホワイトアウトではなかったかと思います。
②吹雪、強い降雪や霧で見られるホワイトアウト
吹雪、降雪、霧などの空中浮遊物で視界全体が真っ白になる現象もホワイトアウトと呼ばれることがあります。物理的には雪や霧粒子などの空中浮遊物が物体からの光を弱め(減衰させ)視程を悪くします。光の波長と比べて大きい雪は反射、同程度の霧はMie散乱によって光は減衰します。例えば吹雪の中で見える黒い物体は、目との間の雪粒子が多いほど(雪粒子は吹雪が強いほど、また同じ強さであれば離れているほど多くなります)白っぽく見えます。離れるに従って物体は明るさを増し周りの雪の明るさに溶け込み見えなくなります。見えなくなるのは物体が白っぽくなり見かけの明るさや色のコントラスト(対比)が周りと比べて不明瞭になり、目の識別可能な臨界値以下になるからです。黒い物体が雪の明るさに溶け込み見えなくなる寸前の物体までの距離(m)が、物の見えやすさの基準になる値で視程(m)といいます。 それだけでなく遠くの雪は光を減衰させる働きをするだけですが、近くの雪は一個一個が目に見え、動くことで雪粒子が残像で線状に見えます。この様な雪特有の視程悪化への影響は野外実験やバーチャルリアリテイ(VR)実験での結果も示しています。このような生理・心理的影響は激しく吹き付ける飛雪によって瞬間的に見えなくなる時にも働いていると考えています。見る人によっても異なり、視野が雪で覆われているか地物があるか、道路(車)では視界に車、トラックがあるかスノーポールがあるかどうかなど、周囲の状況によってもホワイトアウトになりやすさが異なります。もちろん吹雪が強く視程が悪いほどホワイトアウトになりやすいのはいうまでもありません。
ここでホワイトアウトを撮影した写真を3枚紹介します。同じホワイトアウトといっても視程の値はまちまちで広い範囲に散らばっています。このことからホワイトアウトは物理量である視程を基準として表すことはできないことを示しています。
写真2は土木試験所(現寒地土木研究所)で撮ったものです。筆者が吹雪の視程を研究テーマにしていた頃はホワイトアウトをこの写真のように、雪以外は何も見えない目の前が真っ白の状態で視程は0mのこととしてイメージしていました。被写体として20m離れたところに置いた視程板が見えませんので、視程は20m以下であることは確かですが視程0mとまでは言えません。
写真3は寒地土木研究所が視程移動観測車で走行中に視程を連続測定していた時の写真です。視程の測定値は110mでした。
写真4はホワイトアウトを追っていた道警の米田和広さんが吹雪に晒されながらホワイトアウトの瞬間を捉えたものです。最近のデジタルカメラは目より解像度が良いことも影響していると思いますが数十m離れている家屋や電柱が写っています。
2.ホワイトアウトの物理と生理・心理の影響
極地のホワイトアウトは、物理的には光の乱反射や散乱で地物に影ができなくなる現象です。それをホワイトアウトと感ずるのは人間の目の生理現象であり、方向や高度感覚が狂うのは心理的影響だと思います。
極地のホワイトアウトは、物理的には地表一面の雪が地平線まで拡がるところで、「雪や雲による光の乱反射によって地物に影ができなくなる現象」と定義できますが、人間が介在しなければホワイトアウトと呼ばれることはなかったでしょう。
3.ホワイトアウトと顕在視程 – 顕在視程0mがホワイトアウトである –
極地のホワイトアウトは視程に関係なく1000mでも発生しますが、それは光が透り難くなる雪や霧粒子のような空中浮遊物が無いからです。吹雪のホワイトアウトは吹雪粒子が光を反射し視程を低下させますが、視界の中の樹木や構造物などの地物の有無で人間が感じる視程には大きな違いがあることを述べました。見えているうちで最も遠い地物までの距離は、実際の視程より小さいので、顕在視程と定義することにします。防雪林などのように目印になる地物(視標)が連続していると顕在視程は視程と等しくなります。この様に雪道の視程はポテンシャルとして隠れていることが多いのです。潜在している視程を顕在化することが道路のホワイトアウト対策の一つで、その例がスノーポールです。
ホワイトアウトは何かとの問ですが、一般には特別に激しい視界不良を表していると思います。曖昧に副詞・形容詞を冠した表現ですが、雪氷学的にいえば「顕在視程が0mのことである」と考えています。
写真5は一枚の写真ですが、部分的に見ればホワイトアウト、視程そして顕在視程を示す画像が写っています。先ずホワイトアウトですが写真の道路の黄色いセンターラインぎりぎりに雪を被ったアスファルト路面が見えますが、そこからの左側全体は路側を含めホワイトアウトになっています。視程は連続した黒い物体が存在した場合に見える限界までの距離のことです。黒くはありませんが右から中央にある連続した防雪柵を視標とすれば、それが見える限界までがほぼ視程といってよいでしょう。中央にトラックが見えます、トラックの後方は識別できないので顕在視程はトラックまでの距離ということになります。車の巻き上げる雪が、トラック後方や防雪柵の識別(視程)を悪くしていることも、視程と顕在視程との差を小さくしています。このように雪の上では視標の有無や状態によって顕在視程は大きくも小さくもなります。写真3の上部にも左右に1個ずつ見えましたが、道路の路側に立っている下向きの矢羽根はスノーポールといって除雪車に路側位置を示したもので除雪範囲を決める目安になっています。区間にもよりますが80m間隔に立つスノーポールは、視程を顕在化し事故を防ぐ重要な働きをしています。
4.ホワイトアウトや事故に遭わないために – 参考資料紹介 –
ホワイトアウトなど冬道の運転に参考にして頂きたい情報三つを紹介します。
5.あとがき
吹雪のホワイトアウトという単語は頻繁に使われる様になっていますが、使う人によってそのイメージは違う様です。例えばweb.を覗くと本州の人が北海道人には単に吹雪の写真でしょうという様な画像もホワイトアウトとして載せています。極地と同じ様に吹雪のホワイトアウトも科学用語と考えていましたので、明確に定義する必要があると考えました。しかし上に述べました様に、書き進めているうち単純なことではないことに気がつきました。単なる物理現象でなく人の目の生理・心理が作り出した状況・感覚なので、その人がホワイトアウトと感じたらそれをホワイトアウトといえるのではないかと思いました。
しかし雪氷学的にはそれでは駄目なので、ここでは「ホワイトアウトは顕在視程0mのことである」と定義します。